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2010年7月26日 (月)

佐用 水害復興イベント

へどろに押し流された町。
容赦ない酷暑の中、熱された悪臭。
息が止まるような黄色い土煙、
歩き場の無い道。
嘆き、乾き、疲れ、絶望。

あの佐用の水害から、一年。
この日、佐用「空き缶でもうけてええ会」主催で復興イベントが行われました。
こちらの責任者曰く、「全〜部呑み友達〜!」と聞いていたのですが…
何と有名人のオンパレードに舌を巻きました!
「PENGIN」「逗子三兄弟」「佐藤卓司」「Prototypers feat Rhiming Dead」
横山剛(K1ファイター)、司会に「オーケイ」
みんな佐用を応援してくれている関係者です。

白熱のライブの中、地元の人達が涙を拭った歌がありました。

Prototypers feat Rhiming Deadは佐用高校卒業生のバンド。
ラップ音楽に載せた言葉はストレートに
水害の恐怖、地元への気持ち、人の「絆」を忘れまいと波動し、
老若男女の頬に涙が伝いました。

「ひまわり」
最初のフレーズで、息をのんだ会場は彼の歌に吸い込まれていました。
卓司君の圧倒する声量と力強い低音の伸びには、男の色気さえ感じます。
佐用特産の向日葵を歌ったフレーズは、その声切なく、又温かく歌っていました。

Photo Pa_2 Takuji
上段左から「Prototypers & Rhiming Dead」、「逗子三兄弟」下段「佐藤卓司」
中でも最もメジャーである「PENGIN」の写真無し…ごめんなさい。

実は、
佐用で活躍する人々に関わるようになって初めて感じるようになったのは、
各地被災地同士の、強い強いネットワークなのです。
窮地で助け合う、深い絆。
傷みを分け合う、強い心。
被災する事も無く今が幸せだからと、
決してこの蚊帳の外に居てはならないと感じるこの頃。
この日、病院で点滴を打って駆けつけて本当によかったです。

がんばれ、佐用。
がんばれ、全ての被災地のみなさん。

2010年7月24日 (土)

室津 夏越し祭り

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 瀬戸内海、室津。灼熱の炎天下、女禁の豊漁祭りは過酷だ。昼宮、村に響き渡る唄と太鼓は晴れ晴れと海をわたり、宵宮には「獅子渡し」が行われる。この夜獅子の頭を奪った者には、特別な縁起と名誉が授けられるという。



1_1_4  これは観光祭ではない。血の濃い漁村の荒っぽさも手伝って、指を、肩を、声を痛めながら、それでも引いてはならぬ、男の喧嘩祭りだ。主役は40代迄の若手が担う。この血の気の多い集団を、30年以上関わる熟練の組合が納めていく。進行役の周旋は、トビのような俊敏さで周囲を守備。この様、見事である。

 各地の祭がそうであるように、この祭も、平安より受け継ぐ特別な意味がある。それを教えてくれたのは、汗立ちこめる男衆の寄り合い場だった。幼い頃から村の暮らしを共にし、酒をあおり語り合う。室津には、古き良き縦割りと横の繋がりが、人々の生涯を通じ活きている。

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男が儀式の節目に戻る迄、女衆は食事作りに追わる。そして戻ればハイヨと、汗だくの洗濯物に取りかかる。周旋と女衆の手筈のよさは、翌日の午後には祭りの夢の跡を残さない事からも伺える。そう、この村は女も強い。さて私は、次は男に生まれよう。



 

2010年7月21日 (水)

みらい

大人達には、少しでも過ちを修正し、
みらいの大人へ手渡すべき課題がある。

それが、環境問題。
それが、人権、戦争、飢餓、貧困、宗教間闘争問題。

どの国も、事情がある。
どの国にも自国の利益は大事だし、
どの国にも自国を守る権利がある。

でも多くの国々が肩を並べれば、
強国も、か弱い国も、気難しい国もある。

「国」が、「人格」をもつ瞬間だ。

でも国々が家族や友達だったら、
利害を超えてでも助け合うよね。

だからこれからは、
世界を家族にしよう。

人種も言語も超え、
笑い合い、語り合い、
話し合い、戒め合い、
皆が理解し合える、
友達になろう。

みらいは、
こんな風に育った子供たちが、サミットのテーブルに就く。
こんな風に育った子供たちが、成長し合って、地球を守る。


ここに、世界最大の教育Networkがある。
大人達と共に、世界中から世代を超えた子供たちが集う。

試みは、確信へと。

娘も元気に帰ってきました!

2010年7月 8日 (木)

地上のイソギンチャク、アーティチョーク

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花が咲きました。
ガーデンに二株。
直径3mを超す株に、人の顔程のサイズの花を沢山咲かせます。

蛍光紫のめしべは、しっとりと柔らかい。
虫達も気持ち良さそ〜うに、「Finding Nimo」です。





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写真右側、ぼうぼうの草の上が道路です。
通行人の皆さん「あの花は一体何ですか?」
汗を拭く私  「アーティチョークです!」
ちょっと、言い飽きました。(笑)



 



2010年6月23日 (水)

山椒の実

Photo

今年も、山椒の実を枝から外す。

白醤油の佃煮、塩漬け、ちりめん山椒。
山椒の実が大好き。

数時間、こつこつと、ただこつこつと。
毎年毎年、この季節、この作業。
一瞬めまいがするけど、大切な時間。

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 切りが「無い」事はない。
 切りが「無いように見える」だけ。

 投げ出さない限り必ず終わる。
 諦めない限り、必ず辿り着く。
 だったら笑って、辿り着こう。

 毎年教訓を振り返る、ささやかな時間。
 私が如何に、だらしが無いかね。(笑)

2010年6月17日 (木)

初夏のGarden

初夏のGarden。
春の花達は種をこぼし、夏の花達が咲き出しました。

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Gardenは、海に突き出す小さな半島の高台にあります。
海辺は紫外線がきついです。空からも、海からも、お日様の光。
海だから潮風もきついです。高台はもっと吹きます。
雨はなかなか降りません。
雨雲は背後の山にぶつかって、左右に切り裂かれて流れて行きます。
だから、雨雲のぶつかる反対側のGardenには、雨が降らないのです。

この環境の中で、自ら芽吹き、花を咲かせ、種を実らせる。
 「今年も芽を出したよ〜。」
 「見て、花を咲かせたよ。」
 「ほら、沢山の種を作ったよ。」
 「来年、又会おうね。」
…いつも嬉しそうな声が聞こえてきます。

こうして四季を超え、歳月を過ごし、ゆっくりと教わったことがあります。
植物は人間の趣味趣向ではない、一緒に生きている生命なのだ、と。

2010年6月16日 (水)

ガーデンの妖精たち


ガーデンの妖精さん達。

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「ケロケロッ…あ、見つかっちゃったケロ」
毎年初夏に会える、オレガノの妖精さん。



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「ふふふ…あのね、あのね…ふふふふふ」
メルヘンな大集会は、タイムの妖精です。



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「がんばれ〜!」「おぅ!」「合点だぃ!」
「魔法使いサリー」に出てくる三つ子は、ユキノシタ。



初夏のGardeningは、汗と土まみれ。でもそっと、そっと覗かせてね。





2010年6月 8日 (火)

風に国境なく 相生湾ヨットレース

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今年も広報艇の船から、胸躍る。
海上ですれ違う艇は、互いに皆、とびきりの笑顔で手を振る。
今年30周年を迎える相生湾ヨットレースは、
地元主催のレースとしては国内有数の規模である。
…よく、思う。
熟練の船乗り達は、不思議な体温を持っている。
海原で輝く艇が、優雅な一線を超えた時こその
いのちの小ささと重さを知っているからだろうか。

 

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かつてこの海は、遣唐使が天命を懸け目指した海だった。
その後も海上交通港として先進の文化が花開き、
今日も、日本の海軍が育てた造船技術を集結する沿岸である。

煌めく晴天の今日。
この穏やかな海流の向こうでは、
3000万人以上の難民が助けを待っている。
大海を、方位計も無い小舟で怯え漂う様から、
世界は難民の総称をボート ピープルと呼ぶ。

時代により、
国により、
人により、
国や、海や、船は、こんなにも持つ意味が違う。


 

海の美しさに、
いのちの重さに、
国境が無くなりますように。
 
この風に、国境が無いように。

                                    .

2010年5月23日 (日)

My Rose Garden


Garden and Lttle Garden。
今年咲き始めは遅かったバラですが、咲き始めれば当たり年。花の重みが心配で、それぞれ支柱を補強しました。Gardenも部屋の中も、甘いバラの香りで酔ってしまいそうです。

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 「ファビラス!」花径6cm〜7cm、極めて多花性の大型株。白バラですが、春の一番花と早春の最後の花は、こんな桃色になります。これからの高温期は、バニラ色の中央に蜂蜜色が溶けたような花色で咲きます。

 「緑光」
花径3〜4cm。6年程前、神戸バラ園で一目惚れして購入した、房咲き修景バラ。溢れるように咲く緑色の花びらは実に爽やかです。この蕾は右巻き。
 「緑光」この蕾は左巻きですね。両巻きもあります。蕾もちゃんと、それぞれに巻いています。

 「コーヒーオベーション」
花径6cm。茶バラに分類される、大型のミニバラ。咲き始めは蛍光のサーモンカラー。透明で輝くように鮮やかです。
 「コーヒーオベーション」蕾が開き始めると、蛍光サーモンカラーから、ルビー色〜濃いボルドー色のシックなグラデーションになります。光で変化し、趣きがあります。

 「ダフ・ツァイバー」鮮赤色と言われますが、我が家ではビロードのような黒バラとして咲きます。
樹高2m以上の株に、花径15cm。両手で包めない程の大輪花が沢山咲きます。遠目の一輪でも目を惹く色です。

 この子は久しぶりの新入生。今年の誕生日に、ダーリンがプレゼントをしてくれました!黄色のミニバラですが、開き始めると蜂蜜色に変わります。

 「ブルー・ヘブン」花径9cm。中輪バラ。これ程手のかかるバラはありませんが、これほどかわいいバラもありません。可視光線の強い晴天よりも、曇りの光線に青く光り、青バラによくある紫色はありません。

2010年5月12日 (水)

蕨の眼

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今年も、蕨とり。

はじめの頃は、
見つけるのがとても難しかった。
でも今は、
視界に蕨が写ると、
捕獲モードで点滅する。
これぞ、「蕨の眼」〜。

今年は例年にない低気圧と少雨で、
多くの芽が立ち枯れ。
それでも好天日に芽吹いた、
柔らかな芽を探し摘んでいく。
強い、強い。
えらいぞ、蕨。

今年の収穫は、4kg位。
選定しながら、サイズ分け。
お鍋にきれいに並べて、
上からタンサンを少々。
熱い湯をかけて、そのまま一晩。
ふふふ、緑の蕨のあく抜き、完了。

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次は、料理に応じての保存作業!
山菜飯用、炒物用。
山菜そば用は、掘ってきた筍と、
こごみ、なめこと一緒に漬ける。
それぞれのひと手間が、嬉しい。

春は、よい。
筍、蕗、ユキノシタ。
タラの芽、山椒、ウド。
刺身、天ぷら、キンピラと、
キッチンはフル稼働。

さあ、今週末は今年最後のアサリ獲り!



2010年4月 7日 (水)

恋櫻

Sakura

 少し前のこと。
 うっそうと茂る薮の中。
 正に今息途絶えゆく、
 大きな老木と出会った。

 枝々は光の届かない薮に埋もれ、
 人の腕程に木化した蔦のツルは、
 遂には天頂を折り返し絡み、
 益々老木を締め上げていた。

 既に耐えかねた太い枝々は、
 どっさりと、足元に朽ちていた。

 何と、これが櫻とは。


 春夏秋冬、幹の陰。
 木肌に触れ、
 耳を押し宛て、
 寄り添って。
 命を委ねる精霊と、
 想い寄せる櫻守り。

 2010年のこと。
 光満ちる羽衣の袂。
 正に今いのちを燃やす、
 美しい精霊と再会した。

 



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ひとひらの花びらに ひとつの世界

一輪のさくらに ひとつの浮き世をみる

手のひらに無限を乗せ

一時のうちに 永遠を感じる

 

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2010年3月16日 (火)

天からの雫

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上がり。ふわり春の朝は、柔らかな土の香りと、甘い梅の香り。雨粒はまんまるの玉に反転の世界を閉じ込め、きらきらと眩しい。


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ョウロからどんなに水をあげても、かけた水はするりと葉を伝い落ちてしまう。こんなにいっぱいの雫なんて出来ない。なのに自然に降る雨だけは、花の上で幾つもの水晶玉となりいのち長らえる。

からの、雫。暫ししか留めない、儚いいのち。だからこんなにもそっと、そっと、愛し気に抱いているのだろうか。

2010年3月 8日 (月)

環境フォーラム

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「環境大使報告会」が、神戸・布引ハーブ園で開催された。
 (こども環境フォーラム(前身 G8子供環境サミット)主催)


一国の首都・ソウルを流れる汚染川が、美しい川に復活した事実。
この誇りは、韓国人の環境意識を正しく国民レベルに引き上げ、経済成長を続ける韓国の環境対策を、強く推し進めている。
先日、この国へ日本の環境大使として派遣された娘も、ここで報告の場を頂いた。


子供たちの報告は非常に綿密で、実に真っ直ぐなロジックで訴えてくる。その説得力は、ゴミ問題、空気問題、水源問題として、驚きと暮らしへの唸りを感じた。
又基調講演では、美しい環境を守る意味について力強い想いが響き(千種和英さん「空き缶でももうけてええ会」事務局長)、最初に挨拶をされた大森繁夫さん(こども環境フォーラム代表理事)の、「ものを大切にし続ける」というメッセージを、然りと受け止めた報告会だった。


フォーラムのしなやかな強さは、最後に話された宮下雅光さんの出演にもある。宅配ピザの老舗「ストロベリーコーンズ」の社長自らが「環境に悪いことをしている会社で、すみません。」と話しだす。社長のキャラクターも手伝って、その表現こそ同時に、”あらゆる立場の世界が動きだしているのだ”と、感銘を受ける。


このフォーラムが”こどもの活動”と思ったら、大間違いである。「こども環境フォーラム」には、大人があなどれない、キラリとした企ての粋がある。ここには、未来を築くこども達と、未来に導く大人達の、「世界と世代を超えた”強い意思”と”連帯”」がある。ここに、静かに胸が熱くならない参加者が居るだろうか。

2010年3月 2日 (火)

パティスリー・マリア

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転居してから8年、毎月この包みはトラックいっぱいに香り立ち、
配達の人は、いつも笑顔で持ってきてくれる。
珈琲の香りは、封をした梱包の箱も満たし、
配送するトラックの中迄を満たすのだそうだ。

香りはトラックから玄関へ。
「パティスリー・マリア」は、
世界のブランドというブランドの中で、
一番大好きな、焼き菓子のお店。

マスターは、大切な友達。
紅茶と珈琲のマイスターで、パティシエでもある。
彼の姿勢や情熱は、プロとは何かを教えてくれる。
今回は、いつもより少し大きい包み。
「あ ショコ・ラ・ティエ!」

ありがとう、ゆうゆう。(o=´ー`=)o

参考URL:  http://www.maria.e-tsukuba.jp/index.htm

2010年2月23日 (火)

ずっと特別授業

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ほんのついこの間、私もここに座っていた気がする。


サイエンスの特別授業。
黒板と、ずらり並んだ机。
カーテンの色、隙間から差す光。


授業の最後、声が響く。
「旅行のガイドブックを知っていますか。
 幾らガイドブックを読んで覚えても、
 いつか本当にその土地に行かなければ、
 その土地を知っているとは言えないですね。
 教科書は、旅行ガイドブックと同じです。
 今すべき大切な事は、この教科書をよく学び、
 いつか羽ばたく為の準備をする事なのです。」


こんな授業を、出来れば当時のうちに聞きたかった気がする。
でもほら、それはほんのついこの間のこと。
…、だから。

 

2010年2月11日 (木)

それぞれの性(さが)

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みずみずしい花の時と同じように、
枯れていく花の姿に、はっと魅せられる時がある。


そのいのちには、
寒さにも、5cm先の日向にも、枯れていく事さえにも、
憂いを感じさせない。
一度根を下ろしたその場所で、じっと黙って生きている。
それ故植物は、
それぞれの瞬間に等しい重さをもち、
それぞれの瞬間に等しく美しいのだろう。


私はどうだろうか。
背負うものが重いといい、
そろそろ節々が痛いといい、
白髪が増える度にも、憂いを感じる。


もの言わず、ものを語る姿。
静かに笑って、それでよいのだと語っている気がする。


2010年2月 4日 (木)

ハムスターのもっく

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「キュッ、キュッ、キュッ」 
チューチューって、鳴かないのです。
小屋の扉は開いているので、もそもそと小屋から出てきます。
でも夜行性の「もっく」には、夜遊び。
「キュッ、キュッ、キュッ」 ハム語で”遊んで〜”(…だと、思う)
「起きたの〜?」
「キュキュッ!(うん!)」(…だと、思う)

人の手にすりすりとしているのが好き。
遊び疲れると、又、もそもそと自分で小屋に戻ります。



「あれ?もっく〜?」
「キュルゥ〜」 ハム語では、”眠いよ〜”(…だと、思う)

2010年2月 1日 (月)

思い出、早速ひとつ

ずっと欲しかった、マイクがやってきました。

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ダーリン曰く、ピアノの弾き語りが好きな、娘への贈り物だそうです。
とかいってこのマイク、不思議とダーリンのマシンに繋がっています。
魂胆、みえみえね。(*´艸`*)♪



こんな重量物を抱え、新幹線の吊架線事故。
何時間もトラップされちゃって、結局、翌日帰宅したダーリン。
でも無事に戻れたし。魂胆、許してあげちゃいます。(*´ ー`) …


ピアノの左上には、液晶テレビ。エンタメコーナーが出来ました。

2010年1月27日 (水)

潮の香 梅の香

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梅一輪 開く舞いで 春を呼ぶ  我こころ舞し 春を待つ

瀬戸内海の 潮の香と、甘く爽やかな 梅の香。
うれしいなぁ。 ((o(=´ー`=o)(o=´ー`=)o))

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2010年1月26日 (火)

森の池、小石と魚

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静かな朝。ぼぅっと白く輝く、氷の世界。

その池は、木々の懐にすっぽりと包まれるようにあった。

うわあ きれい

私は足元の小石を拾い、池に投げた。

 

クォーン クォンクォンクォンクォンクォン クォーン・・・・・

 

柔らかで、柔らかで、心地がいい音。

音はすーっと森に吸い込まれ、再び静寂になる。

又、ひとつ。

クォーン クォンクォンクォンクォンクォン クォーン・・・・・

 

氷が解け、コポッと小石が沈んだら、

下にいる魚達は

そっと天を見上げるのだろうか。

 

2010年1月 7日 (木)

新しい年を迎え

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あけまして おめでとうございます

昨年は大変素敵なお付き合いをいただき、

こころよりお礼申し上げます

本年もどうぞ よろしくお願いいたします

***************

ちょっと遅い新年のご挨拶になりました。

年末年始は駿風のごとく。

さなか、新しいComputerもやってきました。

今回はWindowsではなく、暫く離れていたMachintoshに。

勿論、Mac上でWindowsも動かせます。

セットアップ後、(今頃)(やっと)年賀状が完成。

さぁ今年は、おおきな目標に向かって突き進みます!

2009年12月21日 (月)

一年分の奇跡

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小さな奇跡に出逢った。
3方向に伸びる、光と影。

今年も365日分の奇跡が 1年分の軌跡を作る。
でも、ひとつの奇跡にも、幾つもの真実がある。
泣いたり、悔しかったり、頑張ったりしたみたいに。

紅葉が、微笑んでいた。



写真 : 葉の形をした影と、その直線状に、幌に伸びる長い影。
      そして反射で写る姿は、アール(曲面)に沿って私の見ている方向に伸びている。



2009年12月15日 (火)

人と 火と 心と ~佐用より~

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柱の廃材が、一瞬で炎に包まれる

火の管理で取り囲む人たちは、
森林保護活動の方達、あらゆる分野の芸術家さん達
”野焼きは こうでなくちゃなぁ”

今日は、佐用の子供達が夏に作った、泥んこハウスの火入れ
泥で作った小さなおうち、水害の際に、1/3壊れてしまった
作り直すかと悩んだ主催者、でも皆、復旧で大変な渦中だった
それでも火入れは、嬉しいものだ

大きな水害がもたらされた佐用では、
まだ見つかっていない子供も居る
まだまだ、傷の癒えない人が居る
まだまだ、それを支える人が居る

更に奥では、沢山のボランティアの方達が、子供達と餅作り
総勢、50人以上の大イベントだ

…生物で唯一、火を操る事を覚えた、「ヒト」

所が最近では、バーベQの炭にさえ、着火材を使う若者が増えた
街では野焼きも禁止され、人は、火を扱う事を手放してしまうのか

しかし今日、ここに集まった
森を守り、木を利用し、畑を耕し、火を扱う、人達

あったかいなぁ…

隅で、子供達が竹に文字を書き始めた
この竹は、阪神大震災の式典で燃やすものだ
災害時には、阪神からも多くのボランティアが駆けつけてくれた
「ありがとう」
「がんばれ」
子供達は、そう書いた

最後に、私も書いた
「心と 心」
今日、そう思ったから

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高さ2m、広さ6畳もの野焼きは、10m離れての暖。餅つきは10回。最高の杵つき、美味しかったです。
皆さん、本当にありがとうございました

2009年12月11日 (金)

花盛りのLittle Garden

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花盛りのLittle Garden(ベランダ)


今年のビオラは、ダーリンの趣味ですヽ(´ー`)ノ
真夏のペチャニア、キャットテール
他に夏の花は、ニチニチソウ、ブーゲンビレアも咲いています
バラは二種類、コーヒーオベーションと、感動の接木成功~ダフツアイバー!

私の植物との付き合いは、土の研究から始まりました
都会育ちの私に、そんな世界を教えてくれたのは、
村の変わり者と呼ばれる、”おいちゃん”
昨日、おいちゃんが亡くなりました
ここに 感謝を込めて…


2009年12月 8日 (火)

しんしんと、冬のGarden

うれしいな ガーデンの収穫

寒いけど、茄子、万願寺とうがらし、ししとうがまだまだ元気
この季節のたからものは、パセリ、フェンネルの新芽

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トマトは、サンマルツアーノ、アイコ、オレンジキャロル+小さな桃太郎
毎年クリスマスまでは頑張ってくれます えらい、えらい

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それに、年に一度のお待ちかね
一つの花から3本しか採れない、サフランのメシベです
村で獲れる魚介類で、パエリヤやブイヤベースになります(o=´ー`=)o))

さぁ、最後のバジルの収穫に行こう

2009年12月 3日 (木)

お味噌汁の湯気と光と

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お味噌汁の湯気が立つ頃
レーザーのような赤い光が 部屋に差し込む
光は地球の動く速さで 朝の食卓を満たしてゆく



2009年12月 1日 (火)

車いっぱいの、ありがとう

Magotoruck

じゃぁ~ん ((o(=´ー`=o)(o=´ー`=)o))
師匠の畑に行って参りました!

好きなだけ持って行けぇ~!
きゃぁ~!\(≧▽≦)/

師匠はeoWishからのご縁で、
今や家族でありがた~いお付き合いを頂いています。
ご家族も勢揃い、虎ファンでお馴染みだったYさんも駆けつけて下さり、
この日は”笑顔・笑顔・笑顔”のオフ会&収穫祭となりました。

十数種にもなるお野菜を収穫して、
あっちゃ~、車の中、もうパンパン!\(≧▽≦)/
ダーリンも、いい笑顔です。




・・・ブログや掲示板を始める前は、
「これは、何処の誰だかわからない人との、バーチャル」
そう、思っていました。

始めたら、違ってた。
言葉は、モニターでは活字にしか見えないけど、
笑顔は、行間から伺うことしか出来ないけど、
でもそれはみんな、生きている人たちの言葉。
今キーボードを叩く、この私と同じ。

支えられたり、励ましあったり、
いつしか名や住所を明かしあう仲になる人も居て。。。
こんなに、こんなに素敵な人の輪が広がっていくのですね。

ありがとう、師匠、Yさん。
ありがとう、いつも記事を読んでくださるみなさん。


2009年11月27日 (金)

ただいま。

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暫く、郷帰り。。。少々の御用事で。ヽ(´ー`)ノ



Ginzachiristmas
街はクリスマス一色!写真左は、「MIKIMOTOパール・ツリー」。
”これは私のツリー!”思って育たのだから、子供ですね。(ノ´∀`*)



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賑わう交差点から家まで、徒歩10分。

写真は、足の後遺症がひどかった頃、捕まって歩いた橋のランカンです。
例え半歩でも、例え10cmでも、”進めば、必ず辿りつく”と、教えてもらったけ。

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実家からの景色です。

もう何もかも変わって、
レインボーブリッジも、
観覧車も、
花火大会も、
東京タワーも、
み~んな、見えなくなっちゃいました。
残る唯一の景色は、富士山。(写真下)
これが見えなくなるのも、
時間の問題かな…。
山の姿を遮るは、霞ヶ関ビル。
このビルだけは、昔からの景色。
山肌の影が見える朝の方が、綺麗です。


 

2009年11月 4日 (水)

瀬戸内海支部の月

ニコ友の 京都支部(洛人さん)、境支部(emitetsuさん)の
お月様がと~ってもきれいだったので、
これは瀬戸内海支部も出さなくちゃね、と。。。ヽ(´ー`)ノ

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とか言って、一月前の満月。てへへ
海上に浮かぶは、姫路港。

太陽と月は、ほぼ同じ方角から登る。
今は稲刈りの過ぎた季節だから、
日の出は東より、南東に傾く。

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これは先日の朝日。
写真左端の防波堤は、姫路港の右先端。
この時期は神戸を背に、明石大橋からのご来光。。。
つまり日が昇る位置は、時間と共に南にずれる。

これから日が一番短くなる冬至まで、
どんどん、どんどん南にずれていく。(左から右へ)
これから暫くは、海から登る朝日を眺めます。

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ガーデン帰りの釣り、麦藁帽やめて~。
おひげも揃えて~ランニングシャツもやめて~…のダーリン。

一方、日の出が南に傾く分、夕日は北へ北へと傾く。
この村で夏は海に沈む夕日も、冬は連なる山へと。
夜の訪れが早い季節は、特に家族の帰りが待ち遠しい。

私はおどんぶりになりたい

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春に採った山菜で山掛けうどん



もし 人が器に見える眼鏡があったら面白い
お茶碗さんに 取り皿さん マグカップさん

あ お猪口さんとお猪口さんが喧嘩
あーあ す~ぐ中身がこぼれて口が欠けた

お茶碗さん タライさんにいたずら
でもタライさん 悪さするお茶碗さんを
そっくりそのまま 懐に

ふぅ あたたかいおうどんを御馳走様
食べ終わった後の器で 冷たい両手を暖める
私はこんな おどんぶりになりたい



2009年11月 1日 (日)

天空の雲突城から

この日は、水害にあった佐用町の、子供向けスクールの再開。娘を送った後、さてどうしようかと、夫婦で北へ!「あ、あそこあそこ!あの城跡に登ろうよ!!」…それは、通るたびずっと気になっていた城跡。見上げる山のてっぺんに、僅かに崩れた石垣が見えていた。

隣の山から、尖峰な馬の背を行く。
山道に馴れたつもりでも、緊張の斜面。”下りはかなり辛いな…”

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…でもそのご褒美は、頂きに。

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これは利神(りかん)城。関が原の合戦後、池田由之(池田輝政の甥)が5年の歳月を懸けて築城。崩れた山肌の全ては、見事な石垣であった。しかし播州姫路城の側西にあって、「雲破りの城」と名を馳せた要塞に、輝政は由之に退城を強いる。さぞや無念であったろうと心馳せれば、それでも天空に貫く見事な城は、実は後に、仏が由之を導いた天道でもあったのではなかろうかとも感ずる。

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手のひらに、1600年の鼓動。。。。それは古今東西南北を見渡す頂に散在する、石垣と無数の瓦。今や雲破りの城をひしと守る砦は、力ではなく、深く根づいた草木達なのだ。

2009年10月27日 (火)

ヨットレース SPring8 Cupだ!

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フォワーン!

”どくん・・・”
柔らかな音
それでいて広々とした海に
高々とした空に
響くスタートの音

鼓動が最高潮になる

構えるカメラに、真っ直ぐで本気の素顔
そして大きく手を振る、揚々とした笑顔

私は大好き
海と 風と そして人が
ヨットに乗るのも 撮るのも
たまらなく大好き
丘で暮らす自分の我を
振り払ってくれる

2009年10月22日 (木)

私にとってのHIROSHIMA (個人MEMO)

メモです。。。。
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Dsc_9862 丁度その前日、広島には「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の賢人会議が始まっていた。市民やNGOは平和を訴えようと、歓迎の催し物を繰り広げ、夜にはライトアップされた原爆ドームと、「NUCLER FREE NOW!]のキャンドルが並んだ。


 その翌日、平和記念公園に訪れた私達。「ドームの真上に原爆が落ちたって聞いているけど、建物は片側が全壊で、反対側は残っているよね?落ちた中心地は別じゃない?」「あの丸いドームの鉄筋の枠、当時のままかな?」ドームを指差し話している丁度その時、ある男性に出会った。自らも被爆認定証を持つ、三登さん率いるボランティアチームだった。手元の厚いファイルには、一般人には知る由も無い原爆データや写真。会話の中、彼の強い信念と怒りが私の心を動かす。「今や我々被爆者にとって、怒りの対象は日本国の被爆者への扱いや、隠蔽です。」
 …ドスンと、”ヒロシマ”が語りだす。

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 「そうそう、平和記念公園には小さな駐車場しか無いし、椅子も無い。おかしいですよね?「…そう、ドームにさえ、簡単な説明板が一つあるだけでしょ?」三登さんの言葉は続く。「市や政府にとってこの記念講演は、真実を広く訴えたいものでは無いんですよ。」
 こんな状態で、何がオリンピックだ、と彼は言う。平和を盾にして、穏便かつ有効に利用して、名誉を得ようとするのが許せないのだろう。勿論全ての組織がそうではないだろう。だが、そういう局面があるのは許されないことだ。


 資料館に行く。「久しぶりに資料館に行くのなら、きっと驚きますよ。」ミュージアムのように綺麗な新館で、別れ際に聞いたその意味が次第に分かっ てきた。歩くうちに、妙な気持ちになってくるのだ。戦争の長い歴史が記され、”おかしいなぁ…”なんだか原爆の正当性を謳うアメリカの資料館に居るような気さえしてくる。ア メリカが渇望し記録した、人体実験の様子も出てこない。学生時代の記憶にある悲惨な写真は、観光用の為か削除され、戦後判明したアメリカの克明な事実も、 眼を覆いたくなる膨大な写真も、一切ない。

 次の順路である旧館には、いよいよ原爆について。”おかしいなぁ…”どうしてここでは、原爆の科学的説明があっても、被爆した人の姿があまり見え てこないのだろう?西欧米にある戦争資料館では事故の原因が克明で、何がいけないのか、今後どうであるべきなのかが見えてくる。亡くなった人の人生にス ポットが当たり、その家族も出てくる。強く、胸をぶたれるのだ。

 それどころか…?歩きながら前に出す両手の皮膚がただれ、赤黒くライトアップされた蝋人形。”おかしいなぁ、髪の毛ふさふさ~。顔も綺麗?”「75年間生物が生存できないと言われてきた」と繰り返し書かれた展示の最後は、”直ぐに植物が生え、倒壊の町に希望を与えた”という写真。「…これ、逆効果?!」 一瞬にして街ごと命が吹き飛ぶ原爆、長く人に遺す影響も重大問題のはずなのに、”おかしいなぁ…無かったなぁ…”


 私には、かねてよりの疑問があった。西欧米で、歩けばぶつかるという程の、倒壊のまま保存されている建物。戦争のモニュメントや解説、資料館の多さ。 建物の多くが古くから立ち並ぶ事情もあり、戦争で蒙った被害は其々克明に記されている。「…どうして、日本には原爆ドームしかないのだろう?」(厳密には他にもある)

 別談、観光用とはいえ、そういった厳粛な場では公衆トイレもホテル並みにきれいだ。訪れた人々が”繰り返す戦争が人の性であってはならない”とそう思う時、同じ性である排泄行為も丁寧にするというものだ。資料館で最後に行ったトイレの、鼻につく悪臭が何かを語る。

 それでも「都市を攻撃目標にするな(CANT)プロジェクト」に喜んで署名をしようとすれば、何とキーボードが日本語仕様?!(私自身が英語キーボードなので、とても戸惑う)海外からも多くの人が訪れるHIROSHIMA。
 今日も一体何度、慰霊碑の前で聞いた事だろう。旗を持った女性の修学旅行生に向けた、「安らかにお眠りください。」の言葉。大概の日本人が、一度は訪れるHIROSHIMA。。。。。

 HIROSHIMAにアメリカ大統領を呼びたくば、HIROSHIMAでオリンピックを開催したくば、日本はもう、「被害者意識」ではいけないのではないか。「Little Boy」の落下ボタンを押したアメリカ人のその手も、かつては優しいママが愛した、小さな手だった筈だ。
 アメリカ大統領が何故、HIROSHIMAの慰霊式典にこないのか?この夏、私はそう思っていた。そうか、もし大統領が訪れるとなれば、原爆投下の起爆、「パールハーバー攻撃」へのアメリカ国民の感情もでてくるのだ。さぁ、どうする日本人。

 私が東京オリンピックに密かに望んだことは、マッカーサー支配下以来の都市計画の構造計画でもあった。そのうち、戦後壊滅状態かた復興した大都市にあって、キチンとした戦争資料館も必要だと思っていた。(勿論他にも多くあるが) 中国・韓国・東南アジアでしてきた日本の犯罪、そして一夜の大空襲で亡くなった、10万編の物語を。

Dsc_9871  かつて国連を脱退し、戦争を仕掛け、他国を長年に渡って支配してきた日本。平和とは、なんぞや。とっさに悩んだ。少なくとも平和とは、不幸を知って初めて謳える願いである…そんな気がする。
日本は既に、多くの戦争を知らない世代が司っている。祖父母の時代にやったことと割り切れば、日本の新世代は原爆を投下した国を攻める必要も、謝罪も必要ない。でも一歩国外に出れば、海外からの非難の現実は免れない。
日本人が背負った罪を新世代が認識しなくとも、戦争の傷みを抱えて生きている人たちが、現在も大勢居る。この老若男女全ての世代がひとつになって、今の日本、今の時代なのだと思う。
 でも、私達は一体何から始めればいいのだろう。 私達が今出来ることは、歴史を正しく学ぶこと。悪いことをしてしまったら、”ごめんなさい”と言うこと。「そんな事を言っても、自分は戦後生まれだし、私が謝るわけ?」…そんな戸惑いを持っていた事もあった。でも、それを世界で、日本の首相が言ってもよいか?…「No!」 私達なら誰だって、そう言って慌てるだろう。なのに、ごめんなさいといえない理由は?「保障」?政権交代よりも根深い、戦争世代からの世代交代。時代は今、3世代目へと変わろうとしている。

目的が抑止なら、核は使っていいのだろうか。もしも自分の家族が殺されれば、この疑問も核爆発と共に吹き飛ぶかもしれない。先制不使用から始めようとする賢人会議には、廃絶への鼓動と、この問題の根深さを感じる。表舞台の裏で、私達に大切なのは、「知ること」。そう教えてくれた、素顔のHIROSHIMA。

原爆投下の中心は、ドームより道を隔てた斜向かいにある。案内をして頂いた周辺墓地の墓碑には、8月6日の日付けが並ぶように刻まれていた。どんな案内板より、背筋が凍った。

私にとってのHIROSHIMA

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あれから、二十数年の時が経っていました。
私は今、この慰霊碑の前に立っている。

秋空の下。
十代の私は、慰霊碑のずっと後方の、左の階段の隅に居ました。

その時の私は、全国の学生の手による某コンクールで、
関東・北関東甲信越の実行委員長をしていました。
でも自分の無能さや至らなさに打ちのめされ、
毎日が駄目押しの涙。
そのさなか、修学旅行で行ったのが原爆被災者の慰霊碑でした。
その前で、考え込んでいました。
”こんな私が、平和のために何が出来るの・・・”

”そうか、そうなんだ。コンクールを成功させよう!”
コンクールの趣旨は、「正論」ではなく「こころ」。
だから、原稿を読むだけでは本当の成功とはいえないのです。
関わるスタッフは100人以上。参加者は300人以上。

…どうか、
多くの仲間がこのコンクールでこころをひとつできますように。
そうしていつか、
一人一人がこの経験を以って優しい社会を作っていけますように。

そして”もう一度、必ずここに来ます”と誓ってから、二十数年。
コンクールで号泣し抱き合った仲間達も、私も、
もうすっかり大人になってしまった。

”ただ今。遅くなりました”

そう言った私の横には、夫と子供達が居ました。

オリオン座流星群

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(何とか写ったオリオン座。星座の線を引いてみました。)

 

流星は弧を描いて輝き、
その跡に、薄らとした雲のような「痕」を残す。
それはまるで、オリオンのほほに残る涙の跡。


十代の頃から、よくちゃりんこを飛ばして晴海埠頭(東京)に行った。
海をまたいで柵を越え、膝小僧を抱えて見る星空が、大好きだった。
その頃の埠頭はまだ暗い倉庫街で、湾にレインボーブリッジも無い。
だから東京でありながら、南には絶景の星空が広がっていたのだ。

私は牡牛座。
牡牛座の中でも特に好きな昴を見つける為、覚えたのがオリオン座。


ここは瀬戸内海の岬。秋の夜長の午前3時、晴天、無風。
細い上弦の月も夕方沈んで、月も無い。
放射冷却の心配も無い今は、
夏のしし座流星群の夜より、暖かくさえ感じた。
1時間程で流星を20個数えた。

ダーリンは又、アメリカの大学から誘いを受けたそうだ。
ま、いっか…この宇宙の光は、何処にでも届くから。

2009年10月19日 (月)

ブーゲンビリアと共に

 

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ブーゲンビリア (Bougainvilleae)
赤い部分は花びらではなく、苞葉。真ん中にみっつ開く白い部分は、顎。
花びらは無いのだけれど、みっつの顎が順番に開く姿がとても愛らしい。

 

「イタリア = ブーゲンビリア」
それ程迄にイタリアでは、この植物が目に鮮やかに飛び込んでくる。
たちどころに汗も乾くテラコッタの地で、石垣を覆い尽くすブーゲンビリア。花びらも持たずに太陽に輝くブーゲンビリアは、一人の男の姿を偲ばせる。18世紀の軍人であり、探検家であるLouis Antoine de Bougainville (ルイ・アントワーヌ・ド・ブーガンヴィル)である。

彼は弁護士、数学者としても長け、著書として「世界周航記」「積分論」を出版。アメリカ独立戦争やフランス革命を軍人として生き抜きながら、大航海時代にロマンを追い求めた。探検の重要さをルイ16世に訴えながら、かつ、未開の地に居る”自然と共に生き所有概念に害されていない尊い人種”についても広く語った人物。(当時は未開地は植民地化するのが通常だった) 花の名前は、こんな彼が発見したことに因んでいる。

彼の最後の仕事は、トラファルガー海戦の軍事顧問会(裁判の主宰)であった。先日歩いたイギリスのトラファルガー広場や、海戦の歴史資料館は私の記憶にも新しい。ニュースでは、当時沈んだ15隻の海洋遺産を巡る、財宝強奪訴訟が胸に痛い。あの世のブーガンヴィルもびっくりだろう。


我が家のブーゲンビリアは、先冬に処分セールでやってきた。この夏に枝葉を伸ばし、現在、たわわとその蛍光の苞を風にかざしている。遺伝子を保つ接木で増えるブーゲンビレア。共に暮らす命が、辿った歴史を思うのも悪くない。

2009年10月 9日 (金)

土煙のグラウンドと、囁き

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「ヨウイ!…」
”どくん どくん どくん”
「バン!」

発砲音の瞬間 グラウンドを蹴る

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しっかり縛って 6人7脚
早くても 遅くても 躓いても
みんなが同じ歓声をあげるよね


大好きだった、体育祭の緊張感。
今もう一度、我子の舞台でカメラ片手に高揚する。

その昔必死に走っていた、若き日の私。
単独で走ってテープを切る、一番がスキだったっけ。
気づけば今、家族5人6脚で走り続けているんだなぁ。

もっともっと、家族と笑おうと思った。
もっともっと、家族で力を合わせようと思った。

土煙の魔法・・・沢山の幸せを噛み締めた、グラウンドの一日。

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この学校の生徒達へ
いつも最高の笑顔と言葉をありがとう。
いつか君達が、幸せな二人三脚を始められますように。

2009年10月 1日 (木)

ひかりあそび

ひかりあそび

音も 電気も ひかりも みんな同じもの
それぞれ姿を変えて みんな 心地いい

学校では その総称を「周波数(波)」と教えてくれる
私達は「霊長類」であると 教わったように

でもなんとなんと、うるわしの波たち
直線的で美しくもあり
正確に辿る頭脳のようでもあり
たわむれて遊ぶ無邪気さも
本当は いのちや意思があるのかな

きっと 人間以外の自然界の方が 彼らを良く理解している
私は レンズに通訳を頼んで ひかりと遊ぶのが好き

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一輪のブッシュバジルの背景で、他の花達がまぁるく、演舞

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うわぁ~ 光玉がぽにょ~っとスパコリアを包んでいる

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大気中でレンズに映る光の玉は
水中で見る 空気の玉と似ているの

大好きだなぁ こんな世界

2009年9月28日 (月)

一杯の讃岐うどんを食べに、「ほんま屋」へ

 

お休み中、讃岐うどんの聖地「丸亀」を求めてドライブしました!

ところが…え?え?…通過するうどん屋さん、閉店してるよ~?!
まだ3時だよ…ね?

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辿り着いたうどん屋さん
机上に綺麗にひっくり返された椅子が並ぶ店内。

おそるおそる…団欒中の店員さんに聞いてみます。

 

「もう終わりですか?」 「終わりです~!」 「あぁ…(絶望的)」
聞けばうどんは、地元の人達にとって朝食か昼食。
どのお店も昼過ぎには終わっちゃうのだそうです。(涙)

「あの…このお店の次においしいうどん屋さん、ありませんか?」

店員さんたちが、あの店は?…こっちは?と相談してくれる。
その問いに別の男性、「あかん」「そこもあかん」と。
うどんへの強いこだわりを感じる応答。(キビシ~(><))

暫くして。。。
「よぉし、作ったる!中へどうぞ!」
「……ふぇ?(。・_・。) ……えっ?え~~?!w(*・o・*)w」

まさかの出来事。
そして店員さんたちの明るい笑顔と、
”中へ”と誘導する手の動きの気持ちよさ。

最初は”まさかとんでもない”と言った私も、
一瞬で散るように稼動した店員さんの動きに
思わず車中の家族に手を振りました。
「たっ、食べさせてくれるってー!!」

 

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鍋に火を入れ、うどんを打ち出す店長の高田さん。(え~今から?)

「待ってな~今ほんまのうどん食べさせてやるから!」
「(うんっ!)調子よすぎっ」

聞こえてくるのは、力強く打つ音と、整った息遣い。
それに引き換え生地からは、
麺棒で打ち返すときの音しか聞こえません。

静かに、人のエネルギーを吸収する生地。
うどんはその分だけ、コシを強くするのだろうか。。。
丸い生地はあっという間に大きく伸ばされ、整然とした麺に。

 

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(左) 白い放物線を描きながら、うどんが次々に釜に入れられる。
(右) あっと驚く、大きな大きな手。巨大どんぶりが小さく見える。

 

 

ほんまもんの讃岐の食べ方は、「釜茹で」だという。
通常は茹でてから冷水で洗うが、これはしない。
どんぶりに、白いうどんと白い蒸気が鍋の湯ごと入る。

「はいよ!」
「うわーーー、おどんぶり熱いよ熱いよ!」 「いただきま-す!!」
はふはふとする湯気の中、箸にずしりとかかるうどん。
気もせいで喉を通したうどんに、
……一瞬無言、、、「開眼・状態」

 

これ程迄にコシのあるうどんを、食べたことがあっただろうか。。。

つややかに湯気の中で光る麺、
強く伸びる餅に匹敵する、弾力。
つるり、口の中で麺が踊るような喉越しと、
跳ね返すような歯切れのよさ。

「美味しい!!」

何もつけずに食べれば、小麦の香りと甘みで口が飽和し、
つゆにくぐらせれば、出汁は麺に負けじと絡み、鰹と醤油が香しい。

(しかも…どんぶりのお湯、どうして最後まで白く濁らず透明なの?)

 

「これも食べてみて!」
「うわ~ぁ、冷たいザルうどん!」

キンと冷えた麺の弾力は更に閉まり、香りもそのまま。
うえ~ん、「泣ける」ほどおいしい!!!!

添えられた氷の屈折光が、
切り口の角張った麺に、そのまま映っています。

 

おかしいなぁ、今まで、煌びやかな宣伝のNET店のうどんも、
人気の有名店のうどんも、沢山沢山食べてきたのに。。。
(実は) 食べきれないと思った量が、つるりとおなかに入りました。
(当然) 小食の私が、人生で最も大量に食べた日となりました。(笑)

 

閉店後のこのこと来た客に、嫌な顔一つせずうどんを打った店。

 

「(うどんの)学校を出た奴は、大会で勝てない」
…店長のこんな深い言葉にも、
仲のよいスタッフの連携プレイにも、
彼らの大切なものを、「粋」のこころと一緒に感じた日。

御馳走様と出た店は、明かりを夜の帳に灯していました。

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ほんま屋の皆さん、本当にありがとうございました!!

 

「ほんま屋生麺」
  ~一杯のうどんを食べに行く価値が、この店にあります~

〒763-0071 香川県丸亀市田村町1488-14 電話 0877-22-1498

2009年9月17日 (木)

Compussと、Computer

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これは、100年以上前のCompass(コンパス)です。

コロラドの鉱山技師D.W. Buruntonさんが考案。
方位、傾斜(水平)が図れ、
当時、地形測量の為に世界で広く使われたそうです。

「Compass」と文字が似ている単語…「Computer」。
「Comp」って、競争とか、Computerの意味もあるそうです。
今や確かに、ComputerはElectronicによって動くMachine。

ほんの少し前の時代、
答えは全て、人の頭脳と、道具によって導いていた。
このコンパスを見ていると、
何か大切なぬくもりが、伝わってくる気がするのです。

手のひらにずしっと、650g。宝物です。

2009年9月15日 (火)

Londonの街 Ⅱ

私にとって海外の魅力は、自然と、アーキテクチャーとミュージアム。
ロンドンに自然は無いけれど、ミュージアムの殆どが無料です。(募金箱はあります)
これを楽しまない理由はありません!

旅の記念に、ほんの一部ですがご紹介します。

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ウェスト ミュンスター寺院 (Westminster Arrbey)

建立10世紀。英国王室の戴冠式や冠婚葬祭を行う王室教会。最近ではダイアナ妃の葬儀が記憶に新しい。ゴシック建築の世界的傑作と言われ、地下部分は歴代王室や世界的に有名な作家、詩人、音楽家、科学者の墓碑が並ぶ納骨堂になっています。故人の威厳を刻む墓碑や納棺は贅の極み!夜はゴーストが集うという真実味を帯びた噂も、ゴースト好きの英国に感化されて信じそうになってしまいます。(はっきり言って、棺桶置き場だった!知っている名前も多く、歴史の人物がこの棺桶で眠っているのだと思うと、言葉が出なくなります。)端から従順に見て回ると、所要時間3時間、ふぅ。

 

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自然史博物館(National History Museum)

地球と生命がテーマ。1880年に完成し、現在はロマネスク様式建築物の代表例。地球丸ごと7000万点以上にも及ぶ収蔵品は、博物館の成立時期がまさに大英帝国の世界覇権時期と重なる事による。(そうだろう)海外からの貴重かつ大量の標本をも所蔵し、その質と量は世界でも有数です。建物の概観には、存在した動植物の精密なテラコッタがずらり。ここで一日過ごしても飽きないと思います。「不思議の国のアリス」の聖地にも偶然寄ったばかり、ここでドードーに会えたのも嬉しかったです!


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大英博物館(The British Museum)

知の宝庫と呼ばれる、世界最大の博物館。1753年創設。植民地政策によって、古今東西の遺跡、史跡、骨董品が並び、屈指の学術研究機関でもあるそうです。新たに建築されたグレート・コートは天井が透明ガラスのドーム(写真中央)で、古代から近未来への架け橋のようでした。あの有名な「ロゼッタ・ストーン」(写真左)、エジプト第19王朝ファラオ「太陽の子」と呼ばれたラムセス2世の巨大胸像も、この”目”で見ることが出来き大感激でした。

 

 

 

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10日間の旅は、これでおしまい。豪華絢爛で胸はどきどき、目はチカチカになった英国。だからかな…こうして今、コンビニも無い田舎で、何の制圧も無い家族の時間が大事に思えます。でも、目に映った全ては、この胸に。最後に、ダーリンありがとう。

Londonの街 Ⅰ

(投稿の不具合か、何度も記事が飛んでしまって…
やっとのアップロードです。ごめんなさい。)

さ~ぁ、会議をエスケープ!
待ってました、こうこなくっちゃダーリン、こうでなくちゃロンドン!
リバプールから、見渡す限りの芝生を横目に、列車は2時間半。

ここは、
第一世界と第三世界が、落差のまま混在する街。
伝統、威厳、制圧、今昔に渡る支配。
刺激、娯楽、笑顔、終わらない夢。

 

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ソーホー(Soho)~ピカデリー・サーカス(Piccadelly Cercus)

ロンドン心臓部。ホテル、デパート、ブランド、バー、本屋。老舗がひしめき合う、夢の賑わい。歩道は車道より両側に広く敷かれ、まるで歩行者天国です。深夜まで赤いロンドンバスが列をなし、正にロンドン。西洋では道が広場から広場を繋ぐように出来ており、歩くのがとても楽しい。しかもICチップの乗り放題乗車券で、バスも地下鉄も飛び乗り放題。ご機嫌です。

 

Towerbridge
(左) タワー・ブリッジ(Tower Bidge)
   え?ロンドン橋って言わないの?!
   テムズ川の遊覧船から撮影。橋は時間で跳ね上がります。

(右) BA・ロンドン・アイ(British Airways London Eyes) 
    ロンドン一望の観覧車。このカーゴ、マイクロバス並みです!

 

Bigben
国会議事堂 ビック・ベン(Houses of Parliament/Big Ben) 

見上げれば、国会議事堂。大きすぎるその全貌は、テムズ川対岸でようやく撮影。世界最大の時計台は、議事堂のシンボル。あまりの時計の大きさに、塔が小さく見えるのが笑っちゃいます。でも遠めで見ればやっぱり大きい。名前の由来は、当時の工事責任者の名前だとか。(因みに、)西洋では公共の施設や道路に、個人名を多く使います。日本なら会社名にされ、広告になると非難され…無理ですね。(笑)景観を守る為、遺跡より大きなビルはありません。

 

Bar
(左) 前も後ろも右も左も、満員のBar、Bar、Bar!スポーツBarも多くあり、店の内外に溢れた人が皆同じに声を出し腕を上げる!内容は勿論、サッカー。ちょっと歩いてワンショット、又歩いてワンショット、いいBar見つけて又ワンショット、と楽しみました。

(右) 噴水のブロンズ像。これほど躍動的で美しい馬達には、ただうっとり。建物や敷地全体を芸術と考える西洋にあって、英国の豪華さはダントツトップ。どの建物も城のようでした。どの店も、古い映画そのものでした。

.




 

2009年9月 7日 (月)

World Museum Liverpool

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なるほど大きい、、、これは世界博物館だって。
自然科学、人類学の資料の宝庫だそうで、
英国唯一のプラネタリウムも。

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黒い塊?いえインド象サイズの巨大ライオンです。
大きさに比べ、表情は生きているように繊細で優しく、
思わず話しかけてしまいました。(ノ´∀`*)


でも、今晩の目的は別。
コンファレンスの晩餐会です。

キャ~、ビートルズ・ソングのコンサート!
すごい、、、
アップビートが始まって直ぐに飛び出だすは、
この業界の大御所達です。(じっちゃま、とも言う)
さすがの、ビートルズ世代。

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一番最初に階段を駆け上って、撮影。
勿論この後、私も大~フィーバーです。


No More

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ひっそりと建つ、名も無い教会

いいのかな?と思いつつ足を踏み入れる
小さな看板が、ひとつ

”1831年に完成されたこの教会は 1941年5月に、空襲を受けた。
1968年にイギリス教会から市によって譲渡され、今は
残りの壁の囲いを、庭と共に平穏の場所として保守している”


ドイツやフランス・アメリカ、イタリア。そしてイギリスにも、
こうした戦争の残骸が、大変多く保存されているのに驚く
No More WAR

どんな国に行っても
どんな歴史に触れても
付きまとう、戦争

でも今の彼らがすごいと思うのは
その過ちを
言葉にして
態度にして
認めていること

これは、我々日本人にも必要だと思う
だって地球上のみんながそう思うことで
過ちを再び繰り返さないように出来るのだから

 

 

以前、ドイツ人の老人が
戦争を知らない世代の
私のような日本人に頭を下げた
”我々は、本当に罪なことをした”と
そのときの、空気
私はそれまで、
中国や韓国の人に謝ったことが無かった

ドイツには、戦争モニュメントやミュージアムがあまりに多い
なのにその一方、
ナチス親衛隊を名乗る若者が
ドイツバンザイと、暴動も起こす

 

 

今尚戦争をしている場所は、地球上に30箇所

暮らしに潜む、言い争い、喧嘩、いじめ
争いを起こさない「こころの鍵」は
誰もが自分の心の中にひとつづつ
確かに持っている
「NO」と言う、勇気と一緒に

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2009年9月 5日 (土)

リバプール大聖堂 (Liverpool Cathedral)

Liverpoolcathdraloutside

誰もが、無口で見上げていた。
地上100m、
この厳粛さ、
この繊細さ。

 

Liverpoolcathedralinside

なんて美しい祭壇。
夕日が差し、燃えるようでした。

高過ぎる天井は、吸い込まれそうな闇。
(100mの1階建て。あぁもったいない。(x_x)☆\バシッ!)

オルガンパイプも、その数9765本。
透明で神々しい旋律に、心も身体も共振しました。

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今日はここで、会議の懇親会です。
牧師様の音頭で乾杯。いいのかなぁ、とびっくりでした。

 

【英国最大の聖堂 リバプール大聖堂 (Liverpool Cathedral)】
塔は床上100.9mを誇るゴシック建築
1902年、22歳のギルス・ギルバート・スコットにより設計、建築
1951年に、初めて塔の鐘が鳴り響く

2009年9月 4日 (金)

Liverpool コンベンションセンター

世界の扉

Conventioncenter
アルバートドックに隣接された、コンベンションセンター

 

ここは会議場。

海外は自動ドアが少ないのです。
しかも、大きくて、重いのなんの!

私は鍵の閉まっている方のドアに、勢いよくタタタ~!…ガーン!
てへへ。「せーのぉ、世界の扉は重いぞ~」

ガードマンはすごい。
大勢が出入りするエントランスで、
身分証の無い人をすぐ様見分けます。
ちょっと怖い。

そのガードマンが、
扉に突っ込むあほな私を、直ぐに覚えてくれました。(そうだろう)

私が来ると、扉の前で歩く速度を緩める前に、すっとエスコート。
「どうぞ。。。」そのタイミングは、心地いい。。。
あー、さすが英国紳士。ミ´ー`彡

世界でもあほterreご披露。。。

 

2009年9月 3日 (木)

Liverpoolとビートルズ

彼らのくれた世代

ビートルズ一色に染まったリバプール。
町を歩けば、さしてビートルズ好きでもなかった私でも
彼らに五感を澄まさずには居られませんでした。

1960年代、大人と子供の世代間を切り裂き、
「青年」という世代を作り上げた彼ら。
ビートルマニアを引き起こし、時代を疾走した彼らの物語。

それは無邪気で直線的、そして透明なものでした。

Johnlennon
ミュージアム「ビートルズ・ストーリー」(4箇所)より、John lennonイメージ

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ダンボールとカセットテープ

私と彼らとの出会いは、9歳の時に遡ります。

敗選後の選挙小屋に積まれた、ダンボールの隙間。
「口を利かない日」を、正の字で記していたような私は、
よくそこに隠れ、一人時間を過ごしました。

何故そこにあったのか…オレンジ色した、カセットテープ。
ガチャッとデッキのボタンを押すと、音楽が流れました。

・・・当時は知らなかったな、
それが英語という言語であることも、
それが「Let it be」 「Love」 「imagine」だったということも。
(読めなかった)
ただ引き込まれ、
何度も無機質に、ガチャッ、ガチャッと繰り返していたっけ。。。

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老若男女、世代も時代も超え

耳に馴染んだフレーズが、町に溢れるように聞こえてくる。。。

知らずにとったホテルは、何とビートルズストリートの至近!
ここで「彼らに興味が無い」といえば、
阪神球場で「タイガースに興味が無い」というのも同じです。
食事に出ても飲みに出ても、そこはビートルズの世界でした。

Caban
Cavern club, Cavern pub, Hard days night Hotel's Bar

しかし、知らなかった…。
よく知った顔の、世界中の会議参加者達が
”こ~んなにビートルズが好きだったなんて~ぇ!\(≧▽≦)/”
…全く驚きです、ビートルマニアの無国籍、無世代。

みなそれぞれが広範囲にホテルを取っているはずなのに、、、
夜になれば会う、会う、会う、みんなに。(笑)
そのうち、日中(会議中)に会えば「Cavernでね!」が合言葉にも。
「Cavarn(カバーン)」は、ビートルズが生まれたLive小屋です。

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Cavern

みんなと飲んで、踊って、深夜まで。(これでも国際会議か…)

高温高湿度、熱気のCavern。
踊ってくたくたの身体を冷やそうと外に出る度に、
又新たな出会いが生まれます。

路上で知り合った、ブリティッシュ・ボーイ。
人生話の途中でふと、「あ、あいつも日本人だよ!」と。
「え、日本人が居るの?!(人´∀`)ドコドコ?」

「こんばんは~(これは日本語、大きな声で)」
振り向いたのは、一人のご老人。
「驚きました~日本語が聞こえて!(笑)」
彼は、昔からの念願の地に、やっと来たのだと話して下さいました。

老若男女、本当に沢山の笑顔がこぼれます。(笑)

イギリスはテロへの用心が深く、
建物には大抵、強面の黒服警備員がいます。

Cavernの外に出て、再び入ろうとする度、警備員に「ヘイ!」
「(ヘイ! お前の酒忘れてるぞ~!)」
中ではビールを持ったまま踊っていても、
お酒を持っては路上に出られません。
最初に出たとき、「(入り口に)置いておいてもいい?」と聞いたら
「いいぞ~」と言うので、以後、私のお酒置き場が決まっていたのです。
「あはははは、そうだった!」そうして又、音楽と踊りの世界へ。

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"Imagine"

ビートルズが、ジョンレノンが、望んだ平和のメッセージ。
老いも若きも男女も無く、国境も無い平和。

その昔、私にはImagineの意味が分かりませんでした。
だって、キリスト教の国で、どうして?と。

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  想像してごらん
  天国はないと
  想像してみるのはたやすい
             みんなの下に地獄はなく
             みんなの上には空があるだけ
             想像してごらん
             みんな今日のために暮らしていると

今やっと、その意味が深く胸に染みます。(今頃。。。)
”彼らの願いは、音楽を通じ今も絶えず、波及しているのだ”
そう教えてくれた、リバプールでの一週間でした。

   (長文でごめんなさい。言葉が多くなっちゃいました(;´ー`)ゝ”)

2009年9月 2日 (水)

Liverpool・London からただいま!

liverpoolより、ただいま!

国際会議って、毎年主催国が変わるので開催地も違います。
今年はリバプール。
勿論、参加者はダーリン。私はおまけの常連エントリー。(笑)

リバプールは、Irish Seaに注ぎ込むMersey川河口にあります。
会議場はAlbert Dock。潮の香りに驚きます。

Arverdockview

(写真はクリックで拡大します)

ここは、あのビートルズを育てた港町。
そっか、、、

彼らのフレーズの多くは、彼らが愛した故郷そのもの。

観光用バスが、ドックに進入?!(↑写真 右下)
ほっ、水陸両用、これがイエローサブマリン。

Albertdocl

建物の中には無数のお店、
どれもこれもアートなお店ばかり。人もいっぱいです。

 

 

さて、とことこと歩いた道を、少しづつブログに書きたいと思います。
続きは明日。。。お時間があったら是非見てください 。ヽ(´ー`)ノ


2009年8月26日 (水)

Hello, everyon

Hello, everyon!

I'm Terre.

Now, from Livepool in England.

How are you? (*^ ^*)

(kokokara wa roma-ji de kaki-masu)

batabata-to jikan ga sugi, awatete hikouki-ni nori mashita.

ima-wa kokusai kaigi no kyoudou PC de akusesu shite-imasu.

kikoku-wa 8gatsu 31nichi desu.

modottara, mata gorennraku shimasu!!

from terre.

2009年8月17日 (月)

一日だけの夏休みがくれたもの

先週末、水害復旧のお手伝いをしながら、
「今日はこれから海へ…」と言う方が。

”そっか、、、お盆なんだっけ…?”
側に居る娘たちの顔を見れば、
みんな一緒に水害の泥だらけ。(笑)

今年の夏休みは、今週で終わりです。
(豚インフルの流行で休校した、授業日数の補填)
思い立ったが翌日!
お手伝いには申し訳の立たない休みを貰い、
恒例の瀬戸内海→日本海ドライブへ行ってきました。

海は早めに上がり、
小学生の時に感銘を受けたあの、植村直己さんの冒険館へ。
1984年の誕生日、マッキンリー山頂で消息を絶った時には、
私もテレビの前で、安否を祈りました。

「植村直己冒険館」

展示された道具は旅のロジック通りに丁寧に並べられ、
ある日、彼がひょこんと戻る事を信じているようでした。
あれから25年。
ここは、”彼を待つ場所”なのだ。

Terre_d2x0409
今もメンテナンスを怠らない「植村スペシャルNikon F2」

 

彼を語る全ての言葉に、共通すること。
それは彼の偉業というよりも、その人柄であったそうです。
「…街で見るような、そんな見せ掛けの親切じゃないんですよ。
 自らが窮地に立ちながらも、常に他人を想う。本物なんですよ。」

大自然の前で、人間は無意味なほど、無力で小さい。
感謝と謙虚さを教わり、
今日もまた、佐用の復旧作業に行ってまいります。